○男3人バックパックの旅

← カンポ広場 

大 聖 堂
 サン・フランチェスコ→

シエナ・SIENA

1987.11

 カンポ広場からドゥオモへ向かう。広場を囲む建物の隙間へ入り振り向くといい構図で塔が見えた。坂を少し上がると,階段の上に白い壁が見える。
 広場へ進み左へ広がった所にアーチの重なった白い壁が現れた。  階段を上り,壁に開いたアーチをくぐると,教会の回廊のような天井と柱が出迎え,その向こうは広場になっていた。
その壁の奥の建物は手前の回廊の柱と同じデザインの柱を壁に埋込んでいる。 下の黄色い壁の建物とドゥオモは平行に建てられている。アーチの重なった白い壁のある方向は現在の聖堂向きとは直角で,壁は聖堂の中心に向いている。
もしこの壁が新しい聖堂の正面で,上ってきた階段の上に見えた柱が回廊だとすれば,この改築で,そうとう大きな聖堂ができたはずである。
鐘楼を見上げ,そして振り返ると, 外側に比べ,簡素なのに驚いた。
日本で育ち,日本で建築を学んで,ヨーロッパの石の建築を見ていると,カルチャーショックを受けることがよくある。途中までつくった壁は内側が外に向いてしまっても他の建築に利用することが可能なのである。


この旅行の数年後にシエナに留学した友人に,このことを話したことがある。
石で作るとはそういう歴史を刻んだものが残ってしまうということなのか,故意に残しているのか。日本的な感覚ではペストの時代の名残は碑でも作らなければ残らないような気がした。 友人によると,「この改修は途中で街がペストに見舞われたことや,それによって人口が1/3になったため中断されたのだろう」ということだった。理由も歴史の重みがたっぷりだった。
できていればイタリアでも最大級の大聖堂になっていたらしい。

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Italy

Siena

1987.11.16