○男3人バックパックの旅
○1987年10月26日,月曜日 (成田:小雨)
 JAL413便,成田21:30発アンカレッジ(12:10発(現地時間))-アムステルダム(6:40着7:45発(現地時間))経由,マドリッド(9:25着予定で,10:20着)へ。アンカレッジは快晴でも薄暗い。
名物のうどんを食べ,1時間ほど休む。アムステルダムまでは満席だったが,その後がらがらになり,3人とも窓際に移り,これから旅するヨーロッパを見下ろした。暇になった乗務員に旅行について聞かれた。仕事で,大都市を回るのと違って行き当たりばったりの自由旅行は魅力があるらしい。
○1987年10月27日,火曜日 (マドリッド:曇り後にわか雨) マドリッド
 空港に付くと,空港リムジンバスでマドリッド・コロン広場へ(175ptas当時)。これから始まる旅の不安と22時間の飛行機の疲れでぼっ〜としていたら,いきなりガイドに声をかけられ緊張した。なかなか絵になるおじさんで,ホテルを案内してくれるらしい。最初から詐欺に引っ掛かってもやだなぁと思いながら,半信半疑で条件を提示した。3人部屋で2泊。風呂もほしい。それを聞くとおじさんはどんどん先に行ってしまう。タクシーを止めて乗れと合図している。ベテランのガイドのようだ。男3人,行くだけ行ってみよう。10分程行くとタクシーを降り,建物のベルを鳴らした。「ここホテルには見えないぞ。」ドアが開きエレベータで4Fへ。また扉にベル。アパートのワンフロアを改装して宿にしているらしい。ほかの階は,持ち主がちがって,ホテルでもないようだ。こんなスタイルに戸惑っていると扉が開き今度はおばさんが出てきた。宿の女将らしい。ガイドのおじさんが条件をいっているらしい。流ちょうなスペイン語で全然わからない。成立したらしく,僕らは中へ。ほっとして,おじさんと握手,チップを渡して,扉を閉めた。
 宿に入ると左にロビー,右にテレビの置いてあるリビングがあった。部屋は廊下を進み右側広いとは言えないがベッドが2つ予備のベッドが1つ。3人で1日4000Ptas(当時)。荷物を置き,街に出る支度をして,宿の女将にワンデイツアーを訪ねた。おばさんは英語はだめらしく,娘さんが話す。かたこと英語とジェスチャーで翌日早朝発のものを予約した。昼食がつくらしい。鳥がいいか豚がいいかときいているらしい。こちらも鳴き声の物まねでなんとか通じた。これから市内観光へでるというと荷物は前に抱えて気をつけなさいよといってくれた。
 13:00 ホテルを出発し,グランビア通りへシベーレス広場を通りプラド美術館へ行ったが休みだった。ゲルニカも見れず,レティーロ公園へ。アルカラ門を過ぎた辺りで雨が降りだした。アルカラ通りからグランビアへ行きマクドナルドに入る。遅い昼食の後,スペイン広場・王宮・サバティーニ庭園・ノルテ駅・カンポデルモーロ・マヨール広場・プエタデルソル。バールで一休みしホテルに戻った。
マドリッド-泊-1
HOSTAL RESIDENCIA UNION : ☆☆
(INFANTS,26,4. MADRID)
○1987年10月28日,水曜日 (晴れ後曇一時雨後晴れ)
 プエタデルソル広場から現地の日帰りツアーがあり,セゴビアをまわる。ローマ水道橋,カテドラル,白雪姫の城のモデルになったアルカサル,ラ・グランハを見学。

ラ・グランハの宮殿

 マドリッド-2泊目

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Cordoba